2006年01月27日
【本】ベトナム戦記
ベトナム戦記
著者:開高健(かいこう たけし)
出版:朝日文庫 ¥540 P300 初1990/10
入手:古本
■感想
開高健って、お酒と釣りのイメージしかなかったですが、こんな死線を潜り抜けていたんですなぁ
そして名前の読みは「けん」じゃなく、本当は「たけし」だっての初めて知った。
いまでこそ、人それぞれ「ベトナム戦争」に対してあるていど固まった知識やイメージが定着していると思いますが、このルポの連載時は北爆の始まりかけ(アメリカが片足から両足を泥沼に入れ始めた頃ですな、きっと)で、まだ何が起きているか皆さっぱりわからなかった頃です。
そんなときに、週刊朝日の契約ルポライターとして、開高とカメラマン秋元は現地にとびこんだんですねぇ。
従軍記事といっても、実際は前線基地あたりまでで、実際の戦闘のど真ん中飛び込んでるわけでないのが普通ですが(それでも十分危険だし、なにより生きて帰って報道するのが最も重要なんだろうしね。)、彼らは北ベトナム兵(いわゆるベトコン)に包囲され、実際に頭を銃弾が掠め、まわりでバタバタと政府軍兵士が倒れていくような状況にまで飛び込んでおります。
第2次大戦以降の地域紛争の中で、ベトナム戦争が一番われわれが情報に触れる機会が多いわけですが、この本からは他の本やニュースや映画からは得られなかった息づくような、生生しい、そのとき、その場所、ならではの空気が伝わってきます。
お薦めです。
ぜひ本書を読んで、行間からニョック・マムの匂いを嗅ぎなさい!
■評価
《俺》☆☆☆★
《薦》☆☆☆★
■引用
P168 「ベトコン少年、暁に死す」より
(ベトコン少年の公開処刑を見て。)
銃音がとどろいたとき、私のなかの何かが粉砕された。膝がふるえ、熱い汗が全身を浸しむかむかと吐気がこみあげた。たっていられなかったので、よろよろと歩いて足をたしかめた。もしこの少年が逮捕されていなければ彼の運んでいた地雷と手榴弾はかならず人を殺す。五人か一〇人かは知らぬ。アメリカ兵を殺すかもしれず、ベトナム兵を殺すかもしれぬ。もし少年をメコン・デルタかジャングルにつれだし、マシン・ガンを持たせたら、彼は豹のようにかけまわって乱射し、人を殺すであろう。あるいは、ある日、泥のなかで犬のように殺されるであろう。彼の信念を支持するかしないかで、彼は《英雄》にもなれば《殺人鬼》にもなる。それが《戦争》だ。しかし、この広場には、何かしら《絶対の悪》と呼んでよいものがひしめいていた。あとで私はジャングルの戦闘で何人も死者を見ることとなった。ベトナム兵は、何故か、どんな傷をうけても、ひとことも呻かない。まるで神経がないみたいだ。ただびっくりしたように眼をみはるだけである。呻めきも、もだえもせず、ピンに刺されたイナゴのように死んでいった。ひっそりと死んでいった。けれど私は鼻さきで目撃しながら、けっして汗もかかねば、吐気も起さなかった。兵。銃。密林。空。風。背後からおそう弾音。まわりではすべてのものがうごいていた。私は《見る》と同時に走らねばならなかった。体力と精神力はことごとく自分一人を防衛することに消費されたのだ。しかし、この広場では、私は《見る》ことだけを強制された。私は軍用トラックのかげに佇む安全な第三者であった。機械のごとく憲兵たちは並び、膝を折り、引金をひいて去った。子供は殺されねばならないようにして殺された。私は目撃者にすぎず、特権者であった。私を圧倒した説明しがたいなにものかはこの儀式化された蛮行を佇んで《見る》よりほかない立場から生れたのだ。安堵が私を粉砕したのだ。私の感じたものが《危機》であるとすると、それは安堵から生れたのだ。広場ではすべてが静止していた。すべてが薄明のなかに静止し、濃縮され、運動といってはただ眼をみはって《見る》ことだけであった。単純さに私は耐えられず、砕かれた。
P178 「”ベン・キャット砦”の苦悩」より
最前線がどこにもない、いや、全土が最前線だというのがこの国の戦争の特長である。ベン・キャットも最前線ならサイゴンのマジェスティック・ホテルだって最前線である。いつフッとばされるかわからないのである。戦争は水銀の粒のように、地下水のように、たえまなく流動して、つかまえようがない。いつどこでプラスチック爆弾が炸裂するか知れず、いつどこから狙撃兵のライフル銃弾がとんでくるか知れないのである。たった一人しか死なないこともあるし、三〇〇人が一度に死んでしまうこともある。十分か十五分で終わってしまうこともあるし、一週間ぶっつづけに殺戮がおこなわれることもある。虎をつかまえるワナで人間が芋刺しになることもあるし、超音速ジェット機のロケット弾で殺されることもある。石器時代から原始時代までのあらゆる武器が使われているのだ。要するに、"すべて"である。全土、全人民、全武器、朝から晩まで、季節を問わず、戦争は巨大で微細な多頭多足の不死の怪物となってこの小さな国でのたうちまわっているのである。
P259 「姿なき狙撃者!ジャングル戦」より
"I am very sorry."(たいへんすみません)
満月のハイ・ウェイを戦略村に向って歩きながら中学生のように小さいその砲兵隊将校は私にあやまった。
"Oh. What has happened?"(どうしたんです?)
将校はぽつりと、ひとこと
"My country is war"(私の国、戦争です)
とつぶやいた。
投稿者 niimiya : 2006年01月27日 22:21
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